お知らせ
ポスティングマン
十年間、この町で美容師を続けて念願の独立開業を果たした。
しかし…お客様が来ない。自信はあった、努力もした、なのにどうして…
毎日不安で眠れない。
考え抜いた末原点に戻りチラシを作って、毎日ポスティングを始めた。
毎日毎日配り続けた。少しでもいいから目を通してくれ。
一万枚ほど配り切ったとき、ついに電話が鳴った。
「お電話ありがとうございます。美容室アングレクムでございます。」
「チラシが入っていたのですが。まあ無造作に玄関に落ちてましたけど。」と怪訝そうな男性の声
ああ、古い家か…古い家だとポストがなく、玄関ドアに投入口が付いておりチラシは挟まなければ、そのまま玄関に落ちてしまう。
入れ込みすぎたかなと思いながら、「申し訳ございませんでした。ご予約のお電話でしょうか?」と聞くと
「髪は切れないよ。俺はもう死んでるんだ、そんなことより頼みがあるんだ。」と言い出した。
「それってつまり幽霊ってことですかね?」
「そうだよ。人は死ぬとな、仏様が一つだけ願いを聞いてくれるんだよ。かなう範囲でな、
だから悩みに悩んで君に電話をかけることにしたのさ。」
いやなんでだよ、一つしか聞いてくれない願いをそんなことに使うなんて…そうは思いながらも話を聞くと
どうやらアララギさん(幽霊)はおよそ30年前に病気で亡くなったらしいのだが
二人暮らしだった奥さんとは毎日喧嘩ばかりで
最後まで素直になれずに亡くなってしまったようで、余命宣告を受けてから最後に撮影したメッセージを届けたいようだった。
30年間も成仏できずに、本当に愛していたんだな。
メッセージはどこにありますか?と聞くと家にあるというので、取りに向かった。
30年物のビデオカメラ、重量感があって渋いな。
そんなことはどうでもいいからこれを見せてやってくれ。
分かりました。奥さんはどこにいらっしゃるのですか?と聞くと
それが分からないんだよ、お互い家族もいない天涯孤独の者だったから、俺が死んでからすぐに引っ越した。
一人じゃこの家は大きすぎるからな。
市内にはいるはずなんだが。なにしろこんな古い家でだれも住んでないんだ、だれも尋ねちゃこないよ。
チラシを入れた君だけが頼みなんだ。なんとかならんか?
「オレにいい考えがあります!」
『11月22日、夜八時より花の(蘭)とかいてアララギさんと読む珍しい名字の方から、大切な人に向けて三十年ぶりのメッセージがあります!
心当たりのある方は11月22日の夜八時に、銀天街の入り口にあるギャラクシービジョンを必ず見て下さい。』
というチラシを作り、これを僕が配ります。市内全ての世帯に…幽霊でも電話をくれたアララギさんの代わりに
市内全世帯およそ24万件分のチラシと、ギャラクシービジョンの買い切り放映料一回分を、もう残り少ないお店の
運転資金から買い取り、それからは毎日、毎日
雨の日も風の日も定休日の月曜日も配りまくった。
配って、配って、配って、 配り切った。
11月22日、夜八時。近くで隠れて様子を伺った。いつも人でにぎわっている銀天街前には花束を持ったおばあさんが一人。
あとは人っ子一人いない。
大画面に、画像の粗い昔風の映像が映し出される。
「今日は誕生日だな、おめでとう。いつも喧嘩ばかりで、素直になれなかった。
すまなかった。病気で先に逝くことを
許してくれ。本当はずっと愛している。これからも平凡でいいから元気で、幸せで、生き抜いてくれ。」
「何を言ってんだい。そんなことはずっと分かってたよ。
あたしも愛しているよ。あんたがいてくれたから、30年たった今も
元気で、幸せで生きてるよ。そっちに行ったらさ、またけんかしようや。」
わずか数分足らずの再会だった。アララギさんは俺になにか言おうとして、消えた。
おばあさんがオレを見つけて、
「あんたがチラシを配ってくれたのかい?
あんたのおかげでほかのみんな空気読んでさ、二人きりにしてくれたよ。旦那とあたしを見つけてくれてありがとね。」
そういって手に持っていたアングレクムの花束をくれた。
「おばあさん、ちなみにアングレクムの花言葉って知ってます?」
「さあねえ、どうかね。」
おばあさんがくれたアングレクムの花束をお店に飾った。
次はお店のチラシを、また配りますか。
ガチャリ、ドアが開く。
「すみませんちょっと髪を切りたいのですが…」