
お知らせ
蓮花 (石 最終回)
「ママ、ちょっとこれ借りるから!」
蓮花は、母が返答するより先にアクセサリーケースの真ん中に飾ってあるネックレスを
手に取ると、ポケットに突っ込んで家を飛び出した。
「蓮花、それは大事なネックレスだから絶対なくさないでよ!」
冷花が伝えようとしたときにはもう角を曲がって行ってしまった。誰に似たのかしら、あの子は…
この娘は母親と違って私の扱いが雑だ。活発で底抜けに明るくて
冷花とも少し抜けた旦那とも違う。面白いものだ。
そんなことより握られたせいで私の美しい体は指紋でベタベタ、
ポケットの中でネックレスチェーンと擦れて傷がいきそうだ…
そんなに急いで何処へ向かっているのだろうか。
やばい、遅れちゃう。
あたしは走りながら、最後に何を話そうか考えていた。
連絡先を交換して、ラインでも何でもしたいけれど
「高校生になったらね。」とか言われて、もう中三にもなるのに
スマホは持っていない。あたしだけが…
だから最後にこの気持ちを伝えよう。逆に覚悟ができた。良かった。
だってスマホがあったら、また今度でいいか、また会えた時でいいかって
言い訳しちゃうだろうから、だから良かったんだ。
言い聞かせるようにして、走った。
昔から待ち合わせ場所にしていたなじみの木の下に、彼はいた。
「お疲れ様。また走ってきたの?いいね。」
彼は「いいね」が口癖だった。あたしがやることなすこと
成功も失敗も、自慢も愚痴も
何を聞いても「いいね」と答えては微笑んでいた。
肯定されていることよりも、この木の下で
いつも嬉しそうに話を聴いてくれるところが好きだった。
彼は知らない町へ行ってしまうから、最後に伝えないと…さあ言おう
何度も復唱した文章と、あの言葉を…
しかし、彼を目の前にして、あたしは何も言えなかった
こんな時に限って、何か喉につまったのか
それとも声帯の病気?どうして…
そうだ、ママが昔言ってた。今日持ってきたネックレスには不思議な力があるんだって
いいことが起こったり、守ってくれるって。
あたしはネックレスを取り出し、思いっきり握りしめると、覚悟を決めた!
…だめだ、言えない…
すると彼はあたしの手を取ると、慣れない手つきであたしの首元にネックレスを付け始めた。
「いいね。似合ってるよ。また会うときは付けてきてよ。
スマホないのも知ってるよ。手紙でも送るからさ、令和なのに手紙ってね。」
そういいながらいつものように彼は微笑んだ。いつものように。
「じゃあ、またね。」
結局あたしは何も伝えられないまま、最後のお別れをした。
多分、もう会うことは無いのだろう。そう感じた。そういう予感は外れない。どう願っても…
でも今までのこの場所での時間
本当に幸せだった。ありがとう、好きでした。
「全くこの少女は何を勝手に終わらせようとしているのか。
愛に気弱なところは、やはり両親に似ている。」
「大丈夫だ、君はまた必ず彼と再会する。私が保証しよう。それは私の力ではない。私にそんな力はない。
君のその思いが、また巡り合わせるんだから。」
「次に会った時も、私を付けていくと約束していたね。ことの顛末は見届けさせてもらうよ。
まあ、ハッピーエンドは約束されているがね…」
石 おわり